とき:令和元年6月15日(土)18:00~21:00

ところ:庄内町庄内総合運動公園 神楽殿  

      ※雨天時:庄内公民館 

 

 5月から10月まで毎月第3土曜日に、庄内にある神楽座が

持ち回りで公演を行っています。

 6月の出演座は、「庄内原神楽座」と「櫟木神楽座」です。

 家族や友人を誘って、夜神楽を楽しみませんか?

  駐車場は500台完備していますので、ぜひご来場ください!

 

問合先:庄内振興局地域振興課(097-582-1111)

 

<庄内原神楽座>

<櫟木神楽座>

≪庄内神楽の起源≫

庄内神楽は大きく分けると、阿蘇野地区系神楽と庄内地区系神楽に分けられます。

・阿蘇野地区系は、阿蘇野神楽と中臣神楽の二社でいずれも古い伝統を持ち、起源は古く、

阿蘇野神楽は江戸末期、中臣神楽は明治初期と言われています。双方ともに朝地町の深山八幡深山流神楽の流れをくむもので、昔より継承された形を頑なに守りながら現在に至ると言われています。

・庄内地区系は明治の初期に庄内町高津の佐藤菊太郎氏により、大野町上津八幡犬山神楽を伝授されたと言われ、高津神楽社を結成し、現在の庄内流神楽の先駆者として大きく貢献されました。以後、高津神楽は明治末期から昭和初期にかけて、竹の中神楽・庄内原神楽・瓜生田神楽・雲取神楽に伝授されました。その後、小野屋神楽・平石神楽が作られ、昭和五十年代になって櫟木神楽・大龍神楽・蓑草神楽・子供神楽が誕生します。町外では、湯布院町・挾間町・大分市など数多くの神楽社が庄内町より伝授されています。

・現在の庄内神楽が独特な舞であるのは、明治の末期頃に出雲神楽を取り入れ、庄内神楽を作り上げたことにあります。高津神楽座の佐藤菊次郎氏を始め数名の者が出雲へ行き、習ったといわれています。現在、庄内町畑田に出雲大社庄内教会がありますが、この協会は明治十四年に伊勢神宮協会所として設立され、明治三十五年に出雲大社協会となりました。そして出雲より布教のために来ていた「御師」の方々も庄内流神楽を作り上げるのにかかわったと考えられます。大蛇退治や日割などは、出雲神楽が強く出ている代表的な舞であり、庄内神楽独特な舞でもあります。

◎参考文献:庄内神楽座長会「庄内神楽~神代 岩戸神楽のすべて~」